浜松&豊橋
授業用の資料を作っていて、楽器の画像が欲しかったので、カジュアルに浜松に行くことに決定。
8時半に近所でベーイ茶を買って出発。
静岡に来たらここでしょ。
ちょっと早く着きすぎて、開店待ちになってしまったのがちょっと恥ずかしかった。
あと実はいうほど好きでもないという事実w まあ旨いんだけど住んでいたらそれほどリピートしない自信はある。
ハンバーグをHBと略すのに違和感。あと担当は普通のおばさんだったけど、ずっと新妻さんと呼ばれているんだろうな。
腹ごしらえを済ませてからヤマハのイノベーションロード(予約制)
よくよく見たら遠鉄の近くだったから、電車で来れば良かったかな。
中はお馴染みの楽器がいっぱい。
NS-30 たぶんナチュラルサウンドというのがヤマハのキャッチコピーだったから、ナチュラルのN、スピーカのSでNSだと思う。(ひょっとしたら日本楽器製造だからNってだけかも。)
平面スピーカとか呼んでたなあ…。確か高校の音楽室にこれと同じスピーカが置いてあった。響板にスピーカを付けるという発想は、最近のトランスアコースティックピアノにも使われている。
E-70 エレクトーンと言えばこんな感じのイメージの世代。
その後に出た、中身アナログシンセシンセの化け物GX-1
そういえばイスも電動だった。
本体は300kgだけど、ペダルとイスを入れると650kgとほぼ軽トラと同じ重さ。消費電力もエグいかなと思って調べてみたら、こちらは660Wとまあ予想できる程度だった。いかんな、Mac Proの1400Wが強力すぎて、660Wという電気ストーブ並みの消費電力が可愛く見えてしまう。
オーディオ系もこの辺ど真ん中だよな。
C-2+B-1の音は私の高級オーディオの原体験。
マリオペリーニのカセットデッキは高くて買えなかったけど、東山センターに大量にあったので、これ並べてダビングしてた。
テンモニは当たり前として、P-2200もフリーランスの時代に持っていた気がするんだけど、どこに行ったんだろう…。
1000Mは今でも使用中。
4115は一時期キャッシュカードの暗証番号だった。
S-4115Hはとにかく低音が出なくて、音が飛んでこないスピーカだった、大学一年生の時の定期演奏会でこれ片側10個くらい積んだ覚えがある。横に積むと不安定になるから、部会で「一年生はかまぼこ板を持ってこい」とマジで言われた覚えがある。
隣のギターアンプはYTAシリーズの頃。堅い音であまり評判は良くなかったような記憶。ヘッドがPE-200だけど、PE-200Aはリバーブにブレンドつまみが付いて、リバーブとトレモロはスライダーの色が青だったはず。
上に載っているのはB-1だけど、誤植発見。
ローマ数字になってるけど、アラビア数字が正解のはず。 FETが夢の半導体だった時代だなあ。
PS-75
ギターアンプYTAの時代のPAといえば、まだトーンゾイレ時代。でも最近のフライングもこの方式なんだよな。
大学の軽音楽部にはこのPS-75と一回り大きいPS-100があって、それぞれショートとロングって呼んでいた。これもパワーの出ないスピーカだった。
YD-9000
当時のドラムは合板にセルロイドを巻くのが当たり前だったため、木そのもののナチュラルウッドは珍しく、バカ売れした記憶。
ただハードウェアが900番台じゃないのが自社製品の展示としてはちょっと甘いよなとケチを付ける老害。
まあ900番台のハードウエアは軒並み不評で700番台の方が使われてたんだけど。
CP-70
言わずと知れたエレクトリックグランド。CP-70Bじゃないところがポイント高い。(電源周りとピックアップの接続が違う)
SG-1000 先輩が何人か使っていたなあ。
当時のヤマハギターってこのブラウンサンバーストのイメージだわ。
X軍団の皆様。
TX-816は当時最強音源。
GS1は珍しい。よくKORGのSG-1と言い間違えてた。
スティック状のカードを2枚読み込ませて、音色を割り当てる。FM音源に加えてアンサンブル(多重コーラス)が搭載されていたので、地味に当時のレコーディングでは使われていた機種。音源をシングルにしたGS-2もよく見かけた。これを極限まで安くしたのがCE-20だな。
未だにテストモードの入れ方を覚えてるくらい使い倒した機種。(自分で所持はしてなかったんだけど)そういえば、ヤマハって1981年から品番のアルファベットと数字の間のハイフォンを点けなくなったので、これはDX-7じゃなくてDX7。
コンボオルガンのYC-25D
高校生時代、スタジオにキーボードがある場合、ほとんどこれか一段鍵盤のYC-30だったなあ…。というか、最高位機種のYC-45Dの展示じゃないのが不思議。
試奏コーナーにCS-80があったので、何十年ぶりに弾いてみる。やっぱ太ってぇ音がするわ。
「ブラスの音が凄いんだ!」と当時TOTOのデビットペイチが絶賛していたっけ。
PAセクションのPM1000-16
東光のウィンクスイッチがミキサによく使われていた時代。AUXがプリ固定なんで、エコーかけるのに苦労したなあ…。「ごろっ」とした感触のフェーダが印象的。
PM4000-40C
どちらかというと、PM3000の方が馴染みがある。多チャンネルでVCA、ミュートグループは画期的だった。現役でPAやっていた頃に最もお世話になった卓。
ということで、個人的にテンションの上がったものだけをご紹介。もちろん他にも色々展示してあるので、なかなかお勧め度の高い施設だったよ。
予約制で最大2時間だけど、ちょうどいい時間だった。
さて次の目的地へ。
駅前を抜け
悪徳シティを横目に
到着。
浜松楽器博物館は2回目14年ぶりの訪問w 今回の遠征の主目的で、ひたすら写真を撮りまくる不審者おじさん。
なんやかんやいって、クラビコードからフォルテピアノ、モダンピアノに至るまでの展示は世界レベルに充実しているのである。
電子楽器もなかなか充実しているし、コルグ率も高め。
このエーストーンのオルガン、伏見の名曲堂のスタジオに置いてあった記憶。(道路から丸見えの所)レスリーがつながれていたので、そこで初めてレスリーの音を体感したんだよな。
ということでほとんど写真を撮るだの目的を果たしたけど、まだ日も高いので豊橋にでも寄っていこう。
浜名バイパス久しぶりに走ろうと思って、インター入ったらそういえばここ無料になったんだっけ。(調べたら2005年から無料になっていた)高規格道路なので快適ではあるんだけど、路肩なんかは雑草が生い茂っていて、無駄なところにはあんまり手が入っていないようだ。
そのまま初めての潮見バイパスに乗っていると道の駅が出来ていることに気づいて途中下車。そういえば、昔よくここに初日の出観に来ていたなあ…。
トイレ休憩のつもりだったんだけど、なんとなく野菜などを購入して豊橋へ。
そして豊橋に到着。
豊橋もずいぶんとB級スポットが減ってしまったんだけど、まだ健在なボン千賀。
昭和なロゴタイプがたまらん。中の飲食コーナーも昭和で素敵なんだけど、予定があるのでオリジナルパンを数点購入して、シライミュージックへ。
雑談の中で、阿部寛主演の「異動辞令は音楽隊!」という映画にがっつり絡んでいるという話を聞いた。割と面白そうだし観に行くか。
シライを後に歩いていると、何か視覚のトリックみたいな店が…
なにこのよくできたミニチュア工作みたいな店?
何度もシライミュージックへ来てるのに、ちょっと離れているから見逃していたみたいだ。
中に入ったらイートインコーナにはJKがいっぱいだったので、何かかって帰ろうかなと思ったけど、さっきパン買ったばかりだよな。
あんこサンドが80円と安かったのでそれとドリンクを買って退店。
おそらく部活帰りのJKたちなんだろうな。外見だけじゃなくて中も人も昭和テイストで最高でした。
最後にシメで、豊橋に来たらカレーうどんでしょ(まんまと踊らされ奴〜)と、つるあん本店で名物の手筒花火をモチーフにしたカレーうどん。
手筒に見立てたちくわに野菜類が刺さっていて、それを揚げてあるカロリー爆弾。福神漬けを散らすとよりそれっぽくなるということらしい。
まあ旨いんだけど、ちくわの中は熱が通らないので、半分生のままの水菜を食う羽目になるのが残念かな。
完食して帰路へ着くが、なぜか一号線に出たときに逆走してしまい、引き返して下道、3時間かけて帰宅しました。